The story
柳川の堀割をゆったりと進む「どんこ舟」。船頭さんの竿が水底を叩く乾いた音が、静かな水面に響いています。今、皆さんの目の前に広がっているのは、かつて柳川藩を治めた立花家の邸宅、通称「御花」です。
ここは1738年、五代藩主・立花貞俶が、家族のための休息の場、そして政務を離れた隠居所としてこの地に築いたのが始まりです。当時、この辺りは「御花畠」と呼ばれていたことから、今も親しみを込めて「御花」と呼ばれています。 柳川は、城郭を守るための掘割が町中に張り巡らされた、世界でも珍しい水郷の町です。
その歴史の粋を集めたのが、この邸宅の奥に広がる名勝「松涛園」です。池を囲むように配置された無数の名石と、200本を超える黒松の枝ぶりを見てください。冬には飛来する鴨たちが羽を休め、その情景はまさに大海原に浮かぶ島々を表現しています。
かつて藩主たちがこの大広間から眺めた景色と、今の皆さんが目にしている景色は、驚くほど変わっていません。 面白いのは、この敷地の中に江戸時代の面影と、明治のモダンな息吹が共存している点です。和風建築のすぐ隣に立つ、真っ白な壁が印象的な「西洋館」に注目してください。
これは明治期、十四代当主によって賓客を迎えるために建てられました。当時、最先端だった鹿鳴館時代の華やかさを今に伝えています。畳の上で静寂を楽しむ時間と、シャンデリアの下で異国の風を感じる時間。
この二つが溶け合っているのが、柳川の文化の奥深さなのです。 お腹が空いてきたら、風に乗って漂ってくる香ばしい匂いにも気づくはずです。柳川名物の「うなぎのせいろ蒸し」です。
この料理もまた、水と共に生きてきたこの土地の知恵と伝統から生まれました。 どんこ舟が水門を抜け、柳の葉が水面に触れる音を聞きながら、どうぞこの邸宅の隅々にまで宿る歴史の息づかいを感じてみてください。三百年以上もの間、水と共鳴し続けてきた立花家の物語が、この美しい庭園と建物の中に今も静かに息づいています。
柳川の時間は、水のように穏やかに、しかし止まることなく未来へと流れています。